大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(ラ)237号 決定

抗告人

金昌永

右訴訟代理人弁護士

森井利和

海渡雄一

相手方

右代表者法務大臣

遠藤要

主文

原決定を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件申立てに係る文書の所持者及び頭書記載の本案事件の概要は、原決定の理由説示第二の一1及び2(添付の第四別紙を含む。)のとおりであるから、これを引用する。

2  当裁判所も、本件全資料を検討した結果、本件申立てに係る捜査報告書(別紙記載の抗告の趣旨中にいわゆる本件報告書。以下、本件報告書という。)は、民事訴訟法三一二条一号に規定する文書には該当しないが、同条三号後段に規定する文書に該当するものと判断する。そして、本件報告書は事件の捜査の過程において作成された記録であるから、その事件の公判には提出されなかつたとはいえ、刑事訴訟法四七条本文に規定する「訴訟に関する書類」の中に含まれるものと解すべく、その保管者である検察庁は、同法条が適用或いは類推適用される場合には、原則として守秘義務を負うものというべきであるが、同条ただし書の規定により、公益上の必要その他の事由があつて相当と認められる場合は、その公開が妨げられるものではないと解すべきところ、右相当性の判断については、同条の法意に照らし、これを所持する相手方(具体的には、保管者である東京地方検察庁)の判断をまず尊重すべきであり、公開の相当性なしとする相手方の判断が合理性を欠くと認められる場合のほか、その提出を命じ得べきものではないと判断する。以上についての理由は、原決定の理由説示(三丁裏一行目から同五丁裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する(ただし、同五丁表二行目の「一応いえる」を「いうことができる」と改める)。

ところで、一件記録によれば、東京地方検察庁は原裁判所の本件報告書の送付嘱託に対し、「捜査の秘密を保持する必要上嘱託に応じかねる」旨の回答をしていることが明らかである。しかしながら、一件記録によれば、本件被疑事件の被疑者訴外中川孝志に対する爆発物取締罰則違反等被告事件の裁判は既に確定していると認められるのであつて、そうだとすれば、刑事訴訟法四七条本文が訴訟に関する書類を非公開としている主要な理由、すなわち(一)訴訟関係人の名誉その他の公・私の利益の保護、(二)刑事裁判への不当な影響の防止、(三)当該捜査の密行性の保持の理由にかんがみると、本件報告書については、右理由のうち少なくとも(二)及び(三)の理由は通常は既に消滅しているものというべく、その理由がなお消滅しないことについて、また(一)の理由があることについて、相手方が何ら明らかにしない場合には、本件報告書の公開を妨げるべき事由は特に存在しないものと一応推定されるべきである。しかるに、叙上認定のとおり、本件報告書の保管者は、公開できない理由として捜査の秘密を保持する必要性がある旨をいうのであるが、その理由は、これでは、具体性・合理性を欠き、右推定を覆すには十分でない。

したがつて、原決定が右保管者の右判断につき合理性を欠くとまではいえない旨を説示して本件申立てを却下したのは不当であり、原決定はこの点において、取り消されるべきである。しかし、本件申立てについては、叙上認定、説示のような本件報告書の性質、特にその公開の可否についての保管者の合理的判断の尊重という見地にかんがみ、なお原審において審理をとげ相手方に本件報告書を公開できない理由につき主張・立証を尽くさせるのが相当である(一件記録によれば、相手方は、本件申立てに対する意見書においては、本件報告書が民事訴訟法三一二条三号後段に規定する文書に該当しないとする主張の展開に力点を置き、右理由については前記送付嘱託に対する回答の理由以上に何ら述べるところがない)。

三以上の次第であるから、原決定はこれを取り消し、本件申立てにつき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官後藤静思 裁判官大内俊身 裁判官橋本和夫)

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、相手方は左記の文書を当裁判所に提出せよ。

「警視庁公安部公安一課警部田原達夫が昭和五八年一〇月八日東京簡易裁判所に対して、被疑者訴外中川孝志に対する爆発物取締罰則九条違反被疑事件につき、捜索すべき場所を「金相桂方、金昌永が使用する居室及び関連場所」及び「アジア政経資料センター金山昌永こと金昌永の使用する部屋」として請求した捜索差押許可状請求に際し疎明資料として提出した同課所属警察官五十嵐覚作成の捜査報告書(同年一〇月五、六日頃に作成されたもの。以下「本件報告書」という。)」

との決定を求める。

抗告の理由

一、本件申立の内、前記決定が却下した「本件令状請求書」に係る部分は申立を取下げる。

二、前記決定に対する抗告人の不服申立理由は次のとおりである。

三、前記決定は、民事訴訟法三一二条及び刑事訴訟法四七条の法令解釈及びその適用を誤っている。

前記決定は、本件報告書につき、正当にも、これを法律関係文書に該るものと認定している。

また、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合には公判未提出記録であっても、その公開が妨げられるものではないとも判示している。とすれば、本件報告書の提出が、本案事件の真相解明に必要なことは、前記決定自体が否定しないところであり、更には、右文書が民訴法三一二条三号後段にいう法律関係文書に該当する以上、刑事訴訟法四七条但書の定める「公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合」に該当することは、明らかといわなければならない。

四、前記決定は、相手方国が「文書送付嘱託」に対する回答で「捜査の秘密を保持する必要上嘱託に応じかねる」と回答したことは合理性を欠くといえないとし、従って、民訴法三一二条三号に基づき、その提出を命ずることはできないとしているが、右には明らかな論理の飛躍及び誤りが存する。

まず、前記の非公開の回答は、あくまで「文書送付嘱託」という任意の嘱託手続に対して、しかも、本件報告書は「法律関係文書」には該当しないとの裁判所とは別個の法的理解を前提として(このことは相手方意見書を見れば明らかである)なされたものである。

従つて、民訴法三一二条三号の法律関係文書に該当するとの判断に基づけば当然別異の判断がありうるはずである。この判断は未だ示されていないものといえる。

ここで、文書提出命令の採否にあたって裁判所において検討されなければならないのは、一方で民訴法三一二条の趣旨である民事裁判における事案の真相の解明という利益と刑訴法四条の保護法益との比較衡量なのであり、そうではなく民訴法三一二条に該当するということを前提としないでなされた相手方の判断の合理性のみを論ずることで足りるとした原決定には、明らかな論理の飛躍ないし過誤があるといわなければならない。

五、以上の理解を前提に、本件文書の刑訴法四七条但書の該当性について検討する。

そもそも刑訴法四七条の立法目的は次のように説明されている。

「本条は、訴訟に関する書類は公判で公にされる前は非公開が原則であることを定めたものである。これは、公開することにより、被告人、被疑者その他の訴訟関係人の名誉その他の利益を不当に害したり、裁判に不当な影響を及ぼしたりするおそれがあるところから、これを防止することを目的とする(判例①)。捜査段階においては、捜査の密行性と直接に結びつく。」(『条解刑事訴訟法』松尾浩也監修、弘文堂 三七ページ)

このように、非公開の理由は①訴訟関係人の名誉その他の利益を不当に害しない ②裁判への不当な影響を防止する ③捜査の密行性の三点につきている。

本件文書について、この点をみるに、第一に原決定前に提出した文書提出命令申立理由補充書一二ページ以下に詳述したとおり、本件文書の公開により訴訟関係人の名誉、利益が害されることはありえない。相手方はその意見書中で、このような可能性を具体的に主張していないし、原決定も、訴訟関係人の名誉、利益が害されることを認定していない。

第二に、本件文書はその作成目的、内容等からして、裁判への影響はそもそも考えられず、訴外中川孝志被告事件は既に終結確定しており、これへの影響もありえない。

第三に、捜査の密行性についても、原決定自身が「本件記録によれば、既に中川孝志に対する爆発物取締罰則違反被告事件が確定していることが認められることに照らし、なお捜査の秘密保持の必要があるといえるかについて疑問の余地もある」としており、捜査の密行性の観点から、本件文書を非公開としなければならない理由もまた見出し難い。

とすれば、本件文書を非公開としなければならない理由は見出し難く、相手方の文書送付嘱託に対する非公開の回答をなした決定には裁量権の逸脱又は濫用があり、その合理性を欠くといわざるをえない。まして、本件文書が原裁判所も認めるように民訴法三一二条三号の文書に該当する以上、刑訴法四七条但書の定める「公益上その他の事由があって相当と認められる場合」に該当することは明らかである。

従って、本件文書について、その提出命令を却下した前記決定には法令の解釈適用を誤った違法がある。

よって、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求めるため、即時抗告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例